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横浜地方裁判所 昭和54年(ワ)723号 判決

原告

安敬和

右訴訟代理人

小室貴司

伊藤文夫

被告

脇和冷熱株式会社

右代表者

内山茂義

右訴訟代理人

神岡信行

主文

一  被告は原告に対し金一四万円及びこれに対する昭和五五年六月二六日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1、2の各事実及び被告が昭和五三年春ころその保管にかかる本件クーラー(一)、(二)を廃棄処分したことはいずれも当事者間に争いがない。

2 抗弁1(原告の承諾)について

被告代表者本人尋問の結果のうちには本件クーラー(一)、(二)を廃棄処分するにあたつて予め新井英男を通じて原告の承諾を得た旨の供述部分があるが、被告代表者の右供述は〈証拠〉に照らしてにわかに採用し難く、他に右抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。

3 抗弁2(被告の責に帰すべからざる事由による履行不能)について

(一)  〈証拠〉によれば、被告会社の従業員約三名が本件請負契約に基づくオーバーホール等のため昭和四九年三月二〇日ころ本件クーラー(一)を原告の経営する飲食店「大倉園」から搬出したこと、その際右従業員は原告から邪魔だから預つて欲しいと頼まれて本件クーラー(二)をも搬出して被告会社に持ち帰つたこと、その後間もなく新築ビルの建築工事が始まり昭和五〇年七月ころ完成したこと、新築ビルの空気調和設備の方式は水冷式であつたこと、原告は被告との間で本件請負契約を締結した当時本件クーラー(一)をオーバーホール等が完了した後新築ビル内に設置する予定を有していなかつたこと、松山三郎こと趙鏞参は原告から本件クーラー(一)、(二)の贈与を受けて自宅と事務所で使用する計画であつたので昭和五三年九月ころ被告に対して本件クーラー(一)、(二)の返還方を強く要求したこと、これに対して被告は新しいクーラーを一台無償で譲渡するので和解をしたい旨の提案をしたこと、以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二) 一方、被告代表者本人尋問の結果のうちには、原告からの依頼内容は「大倉園改築工事に当りクーラー三台を撤去してそれをオーバーホールしたら改築工事完了までの間私の倉庫の方に保管しておいて工事完了後に再度クーラーを取付けて欲しいとのことでした」との供述部分があり、かつ、「昭和四九年四月ころ大倉園が改築工事ではなく新築工事をしていることに気付いた」という供述部分があつて、これらの各供述と前記一3(一)の各認定事実を合わせ考えると、結局、本件請負契約及び本件寄託契約の内容として、被告は原告に対し、新築ビルの完成時期には、オーバーホール等の完了した本件クーラー(一)を引渡すべき、また、寄託を受けた本件クーラー(二)を返還すべき旨の約定があつたものというべきである(これに反する乙第二号証の記載内容はにわかに採用することができない。)。そして、右引渡ないし返還は原告の協力なしでは完了しえない給付であるから、原告が右期限に本件クーラー(一)、(二)の搬入場所を被告に指示するなど必要な協力をしないばあいには、被告は、自己のなしうるだけの準備をしている限り遅滞の責を負わないというべきである。

(三)  ところで、原告は被告から本件クーラー(一)、(二)の引取方を要求されたことはないと供述する一方、却つて原告から被告に対してしばしばクーラー(一)、(二)の引渡を要求したが被告はこれに応じなかつたと供述するが、右引渡要求の時期については原告の供述全体を検討しても明らかでない。他方、被告代表者は、趙鏞参から本件クーラー(一)、(二)の引渡を要求された昭和五三年九月ころまで原告から右同趣旨の要求をうけたことはないと供述する傍、既に被告からは原告に対して昭和四九年九月ころに本件クーラー(一)、(二)の引取方を要求したのであるが原告から新築ビルには空冷式クーラーを置く所がないので今暫らく引取を猶予して欲しいと頼まれた旨供述している。しかしながら、原告及び被告代表者の右各供述のうちいずれが真実に沿うものであるかはにわかに断定し難く、ほかに原告側、被告側いずれが先に督促をしたか、その先後関係を的確に知りうる証拠はない。翻つて考えてみるに、仮に被告が原告に対して本件クーラー(一)、(二)の引取方を要求したにも拘らず原告がその搬入場所を指示しないなどして被告において引渡義務の履行が実現困難であつたとしても(すなわち原告が受領遅滞に陥つていたとしても)、被告に故意又は重大なる過失があるばあいには債務不履行責任を免れないものであつて、原告の了解もなく(前記一2参照)また信義則上廃棄処分することもやむをえないと考えられるような特段の事情もなく(本件事実関係の下ではいまだ右事情の存在を認め難い)契約の目的物そのものを廃棄処分してしまうということは履行不能を招来する決定的事由であつて、故意若しくは少なくとも重大なる過失があるというべきである。いずれにしても、本件クーラー(一)、(二)の引渡の履行不能が被告の責に帰すべからざる事由によつて生じたものであるとは認め難い。

4 〈証拠〉によれば、原告は昭和四六年五、六月ころ本件クーラー(一)を一台当り一八万九〇〇〇円で、その後間もなく本件クーラー(二)を一一万五〇〇〇円でそれぞれ購入したこと及び本件クーラー(一)、(二)はいずれも店舗(朝鮮料理店)内に設置されて使用されていたため油が付着し相当損耗していたことが認められる。

ところで、新築ビルが完成した後被告が自己のなしうるだけの準備をしたうえ原告に対して本件クーラー(一)、(二)の引取方を督促したということが証拠上認められないということは前記のとおりであつて、このように、履行の提供もしないまま遂に自己の責めに帰すべき事由により履行を不能ならしめたばあいには、その履行不能に到る態様及び目的物の性質(時間の経過に従つて価値が下落するという性格)に鑑み、填補賠償請求をなす際の基準となすべき目的物の価額は不能時の価額ではなく提供をしようとすればなしえたときの価額とするのが衝平であるというべきである。すなわち、本件においては本件クーラー(一)、(二)に代わる填補賠償額は新築ビルが完成した昭和五〇年七月ころの価格によるべきである。そして、本件においては、本件クーラー(一)、(二)の右時点における具体的かつ個別的な価格を算定する資料はないので、減価償却資産の耐用年数等に関する省令〔昭和四十年三月三十一日号外大蔵省令第十五号〕及び定率法による減価償却の方法によつて、かつ、前記のごとき本件クーラー(一)、(二)の使用方法をも参酌して、控え目に損害額を算定するのが相当である。右見地に立つて検討してみると、本件クーラー(一)、(二)は右省令別表第一の冷房用機器に該当すると認められるからその耐用年数は六年であつて、本件クーラー(一)、(二)は昭和五〇年七月当時においては購入後既に約四年を経過しているので定率法によつて右当時の現価を算定すると一四万六六八四円となることは計算上明らかであつて(別紙減価償却表参照)、損害額としては一四万円を下ることはないと認めるのが相当である。

右填補賠償請求権は期限の定めがない債権と解されるところ、原告が被告に対して填補賠償請求したのは昭和五五年六月二五日到達の準備書面をもつてであることは本件記録上明らかである。そうすると、被告は右填補賠償義務につき右到達の日の翌日である同月二六日から遅滞に陥つたものというべきである。〈以下、省略〉

(髙山浩平)

物件目録〈省略〉

減価償却法〈省略〉

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